先日、某動画配信サイトで「涙の女王」を視聴しました。
韓流ドラマは「梨泰院クラス」以来で、徹夜で一気に見てしまいました。
見ていない方は是非、見てみてください。
ここからは、少しネタバレが入ってしまうので、ドラマを見ていない方は読まないことを勧めます。
さて、「涙の女王」を見ていて、不思議に思ったことがひとつ。
ヒロインは脳腫瘍を治療するために記憶を失ってしまいます。
手術前にヒロインは「記憶を失うということは私が私じゃなくなるんだ」(確かこんな感じだった)と言って、手術を受けるのを拒みます。
その言葉を受けて、確かに。と納得する半面、ほんとにそうなのかな?と思う気持ちも僕の中には出てきました。
あなたをあなたたらしめていること。
わたしをわたしたらしめていること。
その正体ってなんなんでしょうね。
記憶もその一つかなと思います。
生まれてきて、何も知らない白紙の状態で、色々な人と出会い、色々な経験をして、今の私・あなたが形成されてきたはずです。
性格・趣味・思考・ひととなり等は記憶によって変わっていくものなんですかね?
どうなんでしょうね。あなたはどのように考えますか。
個人的に思うことは、性格も趣味も思考もひととなりも全て日々移り変わっていくものではないでしょうか。
固定された一つしかないわたし・あなたが存在するわけではなく、記憶がなかろうがわたしはわたしであるし、あなたはあなたである。
「涙の女王」では、記憶のなくなったヒロインは、「人間関係」を通して、わたしを再構築します。
それを踏まえると、そのひとをそのひとたらしめているのは、「人間関係」なのかもしれません。
記憶がなくとも、相手との関わりから自分を見出し、わたしを構築する。
もし、世界に私一人しかいなかったら?わたしはわたしという特別な存在になれるのか。
その状況に置かれたら、恐らく、スペシャルな私ではなく、誰もが同じようなわたしになるのではないでしょうか。
ゆえに、人との関りが私を創り上げるのではないかと思います。
人との関りを変えたら、私はすぐに変わってしまううつろいやすいものとも言えます。
もしかしたら、わたしをわたしたらしめているものなどないのかもしれませんね。
それにしても「涙の女王」全話で泣きました。もう一回みようかなあ。
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