椋太郎 24歳 デイサービス勤務。
物事は大抵うまくいかない。
「なんか前より考え方が後ろ向きになったよね」
大学生の時に付き合っていた彼女とはその一言を最後に、この春、別れてしまった。
理学療法士になるべく、資格が取れる大学に行ったはいいものの、
今、働いているのは高齢者デイサービスの運動担当。
仕事の内容自体は大好きだ。
元々、おばあちゃん子だった自分に合っている職業だとは思う。
でも、何かが物足りない。
就活の時に、整形外科がある地元の病院を志望したものの、
なかなかうまくいかなかった。
そして、どうにか、今のデイサービスの運動担当として雇ってもらった。
就職して、働いていた最初こそ、整形外科のある大きな病院に行って、
理学療法士としてバリバリ働くために、もう一度就活をし直そう!と
思っていたものの、働いていると、
勉強しなおす時間や転職活動をする時間、意欲がなかなかないものだ。
土日は休みで遊び歩けるし、給料も、生活する分には困らない額をもらえているし、
最近はこのままでいいのではないかとすら思っていた。
そんな時に、小中と同じ学校に通っていた、内藤将司からこんどお茶しないか、という突然すぎるメッセージが来た。
内藤とはずっと同じクラスで馬鹿をしていた仲であったが、
中学卒業からは全く連絡も取らず、なんだマルチの勧誘か?と思っていた。
指定されたのは地元の駅前に出来たおしゃれなカフェだった。
その名も「喫茶`夜`」
初めて聞くカフェだ。なんでも最近オープンしたそうだ。
指定された日の指定された時間に行ってみると、
そこには当時と変わらない内藤がいて、少し笑った。
「椋太郎、久しぶりじゃん」
少し高かった声もあの頃と変わっていない。
「内藤こそ久しぶり。」
内藤の前にはコーヒーとウィークエンドシトロン。
早く来て、すでに頼んでいたようだ。
自分も同じものを頼むか。
「すいません。この人と同じものをお願いします。」
落ち着いた雰囲気の女店主(年齢は同じくらいな気がする)が席まで来て、
「かしこまりました」と言う。
「椋太郎、このウィークエンドシトロンめちゃうまだよ」
「なんでも、あの店主の人は、元々サラリーマンをしていて、週末にウィークエンドシトロンをひたすらに作って、会社で配り歩いていたらしい。」
「なんだ、その情報は。知り合いなの?」
「いや、さっき聞いた。それで、会社員をしながら、週末にウィークエンドシトロンをこのカフェで出しているらしいよ。ウィークエンドだけに。」
「会社員をしながら、週末に別のことをしている…」
僕は身体に稲妻が走ったような感覚を感じた。稲妻よりかは鳥肌だったかもしれない。
そのあと、内藤と色々話していたけど、会話は全く頭に残っていない。
出てきたウィークエンドシトロンは持ち帰りにしてもらって、そそくさとカフェを後にしていた。
そして、今、僕は自室のクローゼットから社会人1年目に勉強していた理学療法のテキストを引っ張り出していた。
平日は会社員をしながら、週末に自分のやりたいことをしたり、そのために行動する、、、
「もう一度がんばってみようかな。」
食べ損ねたウィークエンドシトロンをバックから取り出して、かじる。
「おいしい。まずは会社の人に食べてもらったって言ってたな。」
「まずは自分が出来ることからはじめてみよう。あの店主さんみたいに。」
ウィークエンドシトロンを食べ終わったとき、僕の考え方は生まれ変わっていた。
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