私たちは知らないうちに誰かを救っている

せかいのみかた

ひとりめ

土屋緑音(24歳)カフェ店員

この春、新卒で入社した会社を退職した。

広島という遥か遠くの地からIターンした私を快く受け入れてくれたこの会社には大変深く感謝している。

なぜ、そんな会社をやめたのか、それは夫の仕事の転勤である。

私の夫は何を考えているのかわからないことで昔から有名であった。

突拍子もなく、突然とりつかれたように何かを始めて、周りを振り回す。

今回で振り回されるのも3万とんで234回目だ。

去年の夏、突然「日本の未来をつくるのは子どもである」と言い出し、急に教員を目指し始めた。

その前は、「日本の未来、人間の未来は農業にかかっている」と言い出し、農に関する某省庁に入庁した。某省庁時代には、「農業の発信をすることで、若者にとっての農を身近にするんだ」と言い出し、田んぼの中でyoutubeの撮影に付き合わされ、泥まみれになった。もっと言えば、長野で一緒に暮らす予定であったのに、夫は東京に就職し、300キロ離れた遠距離生活を強いられた。

周りの友人からは、「ふたりはお似合いだね、運命の二人だね」なんて軽々しく口にするが、私はそうは思えない。どれだけ、彼に振り回されてきたか、、、中身を知れば、いかに私が苦労してきたかわかるはずだ。

そんな夫であるが、いつも許してしまう自分がいるし、彼の隣にいて彼を理解できるのは私以外に誰もいないのではないかと思う。

でも、今回ばかりは彼の突拍子もない行動を理解できないし、もううんざりが頂点に達している。

彼の転勤に合わせて、仕事も辞め、新たにカフェ店員の仕事をみつけて働いた矢先、突然彼は言い出した。

「地元に人と人をつなぐ場をつくりたい、そのためにスナックをやりたいと思っているんだ。3か月後に。」

は?・・・・・・・はい?・・・・

本気で思ってしまった。この人は頭のねじがないんだ。

今までは1つ、2つくらいのねじかと思っていたが、それどころではなく、ねじが全てないため、ふたがされていないんだ。だから、こんな誰も予想できないし、突拍子もないことを考えてしまうのだと。

彼の言葉を理解する間もなく、彼は話を続けている。

「もう屋号も決めてある。迷惑はかけないから。幼馴染に市役所に勤務してる人がいるから、その人にすでに相談してあって、来週物件探しにいくんだけど、ついてくる?」(どうも私と同名の市役所勤務の幼馴染がいるらしい。)

「迷惑はかけない」何度聞いた言葉だろうか。

言わせてもらうと、出会ってしまったことそれ自体がすでに迷惑である。(もちろん直接は言わないが。)

さらに、「来週物件を探しにいく?ついてくる?」

突拍子もないのレベルが予想外すぎる。

夫を野放しにするとろくなことがないので、一緒に不動産を見にいくと、彼はその場で「ここにします」と担当者さんに言い出す。まだ一軒しか物件を見ていないにも関わらずだ。

そこからは目まぐるしい生活が始まった。

内装業者さんとの調整、メニューをどうするか、お金を借りる、事業計画書・・・・やることは山のようにあった。(言い出しっぺの彼はほぼ何も手伝ってくれなかった。)

そんな状況に堪えかねて、ついに言ってしまった。

「あなたがやりはじめたことなのに、なんで手伝ってくれないの!」

すると、彼は真顔で返してきた。

「え。緑音ちゃんのお店でしょ?」

初耳である。彼は最初から私のお店を作ると考えていたらしい。

そういえば、いつかカフェをしたいんだ。なんて話をした気もする。

でも、なんでこのタイミング?(その理由は彼にしかわからない。もしかしたら、彼にもわからないのかもしれない。)

その一言から、私の世界はまるっきり変わった。

今までならできなかったであろう、人を頼る、人に聴きに行く、色々な場に足を運ぶ。

これが彼が行っていた「主体的に生きる、渦の中心になるってことかな?」なんて思うようになった。

そして、これから彼の地元でお店をオープンさせる。

彼と出会わなければ、長野に住むことなんてなかったし、主体的に生きることの大切さに気付くこと・自分自身の人生は自分で舵を取っていくことの大切さを知ることもなかった。ましてや、自分がお店を始めるなんて!(当初の人生設計ではまったりと仕事をしながら暮らす予定であった。)

さらに、レールの上に乗せられていると感じていた自分の人生であったが、そんなことはないと思えるようになった。自分を前より好きになっているかな?とも感じている。

さっきちょうど夫にずっと気になっていた質問をしてみた。

「なんで私と結婚したの?」

すると、彼はいつも通りの真顔でこう言った。

「え。僕、人を見る目だけはあるんだ」と。

明日からも彼の突拍子もない行動に戸惑い続けるだろう。

でも、周りからみたら、私も十分突拍子もないんだろうとも思う。

そして、ひそかに私も自信を持っていることがある。

「私も見る目だけはあるんだ。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ふたりめ

福徳緑音(25歳)市役所職員

突然、幼馴染からlineがきた。

幼馴染と言っても、お互い友達とは思っていない。小学生の時にたまたま転校した学校に彼はいた。(そして、彼の兄とは縦割り班が一緒だった。)

中学まで同じ学校であったし、高校も隣。挙句の果てには大学まで一緒な幼馴染だ。(大学が同じと言っても彼は浪人をしたので、後輩である。何度もいうが全く仲良くない。また、どんな偶然か彼の妻と私は同名である。)

「地元でスナックみたいな人がつながる場をつくりたいんだけど、力を貸してくれない?」

毎度のことであるが、言っている意味がわからない。

意味がわからなすぎるが、とりあえず、私が出来ることを考えてみる。

私は人からの頼みを断るのが苦手なのだ。

調べてみると、スナックには許認可がいくつも必要らしい。(勉強になった。一生必要になることはないであろうが。)

乗りかかった船だと思い、知人の飲食店経営者に「お店を作るために必要なこと」をきいて回った。

そんな感じで調べたことを彼に伝えてみると。

「そんなことが必要なのか。毎度ありがとうございます。」と返信がきた。

「毎度」、、、一応彼もいつも迷惑をかけていることを自覚しているらしい。

他に自分に何かできることはないかを考えていると、一つだけまだあった。

それを彼に伝えてみる。

「役所を辞めた人が不動産屋やっているんだよね。去年まで向かい側に座ってた人でさ、そのひとに聴いてみれば?」

すると、「お願いします。」と返事がくる。

不動産屋に日程の調整をお願いして、もう関わるのは終わりにしようと思ったが、

これまで彼を野放しにしてよかったことが起こったためしがない。

私も物件探しに同席することにした。

物件探し当日、一つ目の物件で彼は「ここにします」と言い放った。

やはり、こいつは突拍子がなさすぎる。

そういえば、今回とおなじようなlineが6年前に来たことがあったな。

「僕、緑音ちゃんと同じ大学に行くことにした。」

突然の愛の告白かと思ったが、彼はそんなことはしないし、話したことは右手で数えられるくらいなので、そんな関係でもなかった。

「なんで?」と一応きいてみた。(全くどうでもいいことであったが。)

「僕、見る目だけはあるんだよね。」

それは、大学に対してなのか、私に対しての言葉なのか。

6年たった今でも、彼の真意はわかっていない。

さんにんめ

土屋大吉(29歳)工場責任者

朝起きると、久しぶりに兄弟のグループlineが動いていた。弟からだ。(グループ名は株式会社キョーダイである。)

「兄ちゃん、お酒好きだったよね?スナックしようよ。」

またいつもの弟のほら吹きが始まった。

めんどくさいから、とりあえず、当たりさわりのない返事をしておこう。(真ん中の弟はめんどくさいから既読すらつけていない。)

「ええやん。社長よろしくお願いします。」

二年前は突然、「蒸留所を作ろうぜ。」と持ち掛けてきた。

突拍子もないし、意味もわからないのでスルーしたが、今回はスナックか。

しばらくしたら、この話もなくなるだろう。と思っていた。

しかし、今回はどうやらいつもと調子がちがった。

「物件決めてきた。」

そんなメッセージと共に、そこには、年季の入ったスナックであっただろう店舗の写真があった。

「本気?」

「僕はいつも本気だ。みんなでやろうぜ。」

だめだ。ついていけない。弟は小さいころからこうだ。

こうと決めたら、もうそれしか見えない。いつも振り回されてばかりだ。

でも、俺は昔とはちがう。今は安定した仕事に就いているし、これ以上振り回されてはいけない。

俺は大人なんだ。そう言い聞かせる。

「お店出来たら、客としていかせてもらうね。がんばれ!」

そう声を掛けることが、俺が弟に出来る唯一のことだ。

そして、一応、父と母に弟がやりたいことがあるから、応援しようと伝えた。

でも、なんで弟は兄弟で商売をしようと昔からいってくるんだろうか?

そんなこともなんとなしに母に伝えると、

「あいつはね、昔から見る目はあるのよね。」と言った。

確かに、弟は3兄弟の中で一番早く結婚した。

もしかしたら、弟には本当に見る目があるのかもしれない。

じゃあ、俺もいつでも弟を助けられるように日々準備をしておかないとだな。

よにん、ごにんめ

土屋明子・善太夫妻

「弟が駅前でスナックをするらしいから、応援してあげよう」

朝起きると、唯一同居している長男大吉が理解できない一言を発した。

息子は三人いるが、大吉が言っている弟というのは、間違いなく三男のことであろう。

思えば、三男は生まれた瞬間から突拍子がなかった。

生まれるときも、陣痛が始まるでもなく、なんの前触れもなく突然生まれた。

目を離せば、手に靴をはめてどこかに消えたり、

入園式では周りの子は整列しているのに、一人ブロック遊びを始めてしまったり。

それなりに大きくなっても、相変わらずだ。

仕事から帰ってきたら、ロン毛から急に五厘がりになっているなんてことも。

社会人になれば変わるだろうと思っていたが、社会人になってもそれは変わらなかった。

突然結婚するからと、新卒で勤めていた某省庁を一年で辞めて、地元に帰ってきたかと思えば、

絶対にならないと宣言していた教員をしていたり、あの子にはついていけない。

もう何も言わない、ほっておくことにしようと妻と話していた直後である。

三男がスナックをはじめるらしい。そんな話を耳にした。

これ以上馬鹿な真似はよせ。と、電話をして怒鳴る寸前までいっていた。

しかし、今日の朝、長男が「応援しよう」と言ってきた。

長男が言うからには、三男ならどこかやれそうな気もしてきた。

私も妻との結婚を決めるときに自分に言い聞かせていた言葉があることを思い出していた。

「私は見る目がある。」

妻もきっと同じことを思っていただろう。

そんな二人の息子であるあの子も見る目があるだろう。

「私は見る目がある」と思うことで、自分が選択してきたことを正解にしてきたと言えるかもしれない。

実は、息子たちには詳しく話していないが、僕は20代の頃に自分で商売をしていた。

自分で、といっても父を継いでの二代目であるが。

うまくいかず、「自分には見る目がある」と言い聞かせ、その商売は廃業させ、サラリーマンになった。

そんなときを支えてくれた妻。今では一家の大黒柱である。

今度お店にいってみようと二人で約束した。

さいご

土屋肇 教員(25歳)

物心がついたときから、世界に違和感に近いものを感じていた。

子どもも大人も自分自身を窮屈な枠に当てはめて、日々を苦しみながら生きているのではないか。

3歳、世界の広さをこの手でこの目でこの耳で確認したくて、手に靴をはめて、世界と言う大海に踏み出す決断をした。(出航して、5分で捕らえられたが。)

7歳、小学校に転校生がやってきた。都会から来たという彼女は、登校してから帰るまで、朝から晩まで大声で泣いていた。しばらくすると、持ち前の行動力、優しさで彼女はクラスの中心になった。

僕が彼女の立場であったら、彼女のような行動ができるだろうか。いやできない。

自分の知らない世界から一人、こちらの世界にやってきた彼女に僕は密かに憧れていた。

12歳、一番上の兄に話をしたいと、兄の担任が家に押しかけてきた。

「大吉くん、修学旅行に行かないのか?行こうよ。」

兄は昔から、自分の世界を持っていた。

自分の心が向かないことに対して、「嫌」と言える兄を密かに尊敬していた。(修学旅行に行かないという選択肢が出てくる世界観があるんだと驚いたことを憶えている。本人にはもっと複雑な事情、人間関係、嫌がらせがあったのかもしれないが。)

大人に対して、自分の気持ちを伝える兄をみて、自分の生き方を改めたいと思った。

だけど、今現在の兄は、自分の心に嘘をついて心をすり減らしながら働いている気がする。(それが働くってことだ。それが大人になるってことだ。と言われればそこまでだが。)

そんな兄が前向きに働ける場をつくることが、僕が兄に出来る唯一の恩返しかもしれないと思う。

19歳の365日、僕は予備校にいくため、毎日6時と21時に父に送り迎えをしてもらっていた。

予備校代数百万を払ってくれた母、送り迎えを毎日してくれた父。

これまでの人生も彼ら二人の支え、なんなら彼らがいなければ自分は存在していない。

浪人時代に何気なしに、父と母の昔を調べてみた。

すると、父はサラリーマンの前は自営業で商売をしていたらしい。

母は保育士の免許をとって、保育士を目指していたらしい。

二人がやっていたことを自分もやりたい、そして、その姿を二人に見せることで、二人の人生になにかきっかけを与えられるかもしれないと思い、ふたつを実現しようと決意。

20歳、緑音さんと出会う。

緑音さんを追っかけて、大学に入ると、まさかの緑音さん二人目。

そして、今現在に至る。

改めて自分の自信は間違っていなかった。

「僕は見る目だけはある」

コメント

タイトルとURLをコピーしました