喫茶’夜’へようこそ 第一話「ありのままのバナナケーキ」

せかいのみかた

海香 28歳 無職。

私は、都内の銀行で法人担当の営業をしていた。

銀行に入社してから3年間はありとあらゆる仕事を吸収してやろうとガムシャラに働いていた。

自分で言うのも難だが、人と関わることは得意で、営業件数で決まる支店長賞はじめ全国の営業トップ10入りもしていた。

そんな中で、まさかではあったが妊娠をしてしまった。まさに青天の霹靂とはこのこと。

相手は、10個上の上司。さらに既婚者であった。

妊娠した事実を伝えると、覚悟していた言葉を投げかけられ、職場に居づらくなり、逃げるように地元に帰ってきた。

突然お腹が大きくなって帰ってきた娘を、何も言わずに歓迎してくれた両親にはとても感謝している。

「海香は将来絶対に幸せになるんだろうなぁ」、物心つくころから、父は私が何かをするたびにそんな言葉を投げかけてくれていた。

お腹の大きい私を駅まで迎えに来てくれた父を前にすると、その言葉が思い出され、私は助手席で大きな声で泣いてしまった。

泣いている私を見て父は、昔と同じように穏やかに、「海荷は幸せになるから大丈夫」と一言言ってくれた。

実家に帰ってからは、3か月ほど父の畑を手伝ったり、図書館に通ったり、近くの商店街のカフェ巡りをしたり、銀行員時代に出来なかった暮らしを満喫していた。

最近は、娘のなぎも表情豊かになり、可愛い盛りだ。

思いのほか、子ども嫌いかと思っていた父が、なぎの育児を進んでしてくれるので驚いている。

私の時は全く何もせずに仕事ばかりしていたはずだが、その反動か、とても楽しそうにしている。

その姿をみて、ふと思う。

「そろそろ私も働こうか。」

翌朝、求人票を見てみるものの、、、、

忘れていた、ここは東京じゃないんだった。

ホテルの清掃、スーパーのレジ打ちのパートしかない。

銀行員時代に培ってきたスキルが役に立つ職はなさそうだ・・・。

どうしようか、、、こんなときはとりあえず娘のなぎと散歩に行こう。

今日の散歩は実家の近くにあるデザイン会社兼雑貨屋にまで行ってみようか。

地元に帰ってから、人生について、生きることについて、色々と考えさせられている。

東京で働いていた時は、そんなこと考える時間もないくらいに、毎日に忙殺されていた。

周りがやるべきことを与えていてくれていたし、自分の役割が明確に定まっていた。

毎朝、デスクに行けばメールが来ていたし、名刺には自分が何者であるか、自分はこういうものです、、と与えられていた。

でも、今は「私とは何者で、何をしているものなのか。そしてこれから何をしていくのか」をずっと考えている。

ふと、娘のなぎにきいてみる。「なぎ、ちょっときいてもいい?」

「なあに~?なぎさんにきいてみなさい」

「お母さんって、どんなひとで、何が向いているのかなあ?」

なぎが答える「うーんうーん。お母さんはお母さんで、お母さんに向いているんじゃないかな?」

「なぎ、、、、それは答えになってるの?でも、なぎありがとうね。お母さんがんばるね」

そんなことを話していたら、雑貨屋に到着した。

「お母さん、なんかいい匂いしない?」

と、なぎが言う。

「ほんとうだ、甘いにおいがするね」

と、私が言う。

周りをみわたしてみると、雑貨屋のとなりに隣接している、キッチンから若い女の人が顔を出している。

「こんにちは」

その女の人は控えめでありながら、心地いい声であいさつしてきた。

「こんにちは!なぎはあまいものがすきでっす」

なぎが大声で叫ぶ。

「なぎちゃんは甘いものが好きなんだね」

控えめな声の主がなぎの調子に合わせてくれた。

「何をされているんですか?」

と、私がきくと

「この雑貨屋、レンタルキッチンがあって、間借りしてバナナケーキを焼いているんです」

と若い女の人は言う。

「なぎはバナナでできています!」

わけのわからぬことをまたなぎが言ってしまったが、

若い女の人は、気にも留めず、なぎの相手をしてくれている。

「なぎちゃんとお話ししているので、お母さんはどうぞ、雑貨屋をゆっくりご覧になってきてください」

「え、いいんですか。」

なぎがいると、ゆっくり店内は見られなそうだと覚悟してきたが、まさかの申し出に心が温かくなった。

ゆっくり店内を散策させてもらって、色々な発見があった。

何もないと思っていた田舎でも、色々な作家さんがいるんだ。

ガラスだとか、竹だとか、アクセサリーだとか。

それぞれの作家さんの名刺をみると、オンラインショップを開いていたり、都内で個展を開いていたりしていた。

何もないと思っていた地元にも色々なひとたちがいるんだなと、これまでの自分の都会至上主義を反省した。

そろそろなぎがぐずぐずしてきたころかと、雑貨屋を出ると、

なぎと若い女の人はまだ楽しそうに話していた。ありがとうございました」

「いえいえ、なぎちゃんとお話しできて楽しかったですよ」

「なぎも将来、あーちゃんさんみたいなおかしやになる!」

なぎはすっかりお姉さんと仲良くなったみたいだ。

「なぎちゃんとの時間とっても楽しかったので、なぎちゃんにプレゼント渡してしまったのですが、バナナケーキは食べられますか?」

「え!プレゼントまで、色々とありがとうございます。」

「あーちゃんさんまた会おうね!」

お礼とお別れをして、家路につく。

帰り道に、なぎがあーちゃんさんと呼ぶお姉さんと話したことを語ってくれた。

「あーちゃんさんはむかし、おかあさんみたいなきゃりあうーまんでえいぎょうでぶいぶいいわせていたんだって」

「そうなんだ。お姉さんはきゃりあうーまんでぶいぶい言わせていたんだね。お姉さんと色々な話をしたんだね。」

若いと思っていた、お姉さんも過去に色々なことがあったんだろうな。と思う。

「ほかにもねえ、なんでおかしやをしてるのかのはなしもしてくれたよ!」

「そうなんだ。なぎは聞き上手だね。」

「そう!なぎはききじょうず!おかあさんといっしょ!」

そうだ。私は元々人と関わるのが好きだったんだ。

地元に戻ってきてから、自分から人と関わったことはあっただろうか。

地元には何もないと、勝手に決めつけて家に閉じこもっていたのは、自分がいけないんだ。

仕事だって、探せばたくさんあるし、ないなら、それこそ作家さんみたいに自分でつくってしまえばいいんじゃないか?

私は私なんだから、肩書や仕事はなんでもいいんじゃないか。

「なぎ、プレゼントもらってうれしいね」

「うん!このばなんけーきはね、ばななのありのままをあじわってほしいから、ばななをそのままつかっているんだって!」

ありのまま。

「ばななはいろんなものとあわせてもおいしいんだけど、あーちゃんさんはそれをしないで、ありのまま、そのまま、でつくったんだってよ!」

ありのまま。そのまま。

そうだ。ずっと忘れていた。

わたしはわたしだ。

都会にいるとか、肩書がどうとかではない。

ありのままのわたしでいいんだ。

そう思った瞬間にわたしの心の鎧がバナナの皮のようにするりととれた気がした。

私が生まれた瞬間から、

父は

「海香は将来絶対に幸せになるんだろうなぁ」

と言ってくれていたじゃないか。

ありのままの私をみて、父は言ってくれていたんだ。

これからはありのままで生きてみよう、

海香はつぶやいた。

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